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松旭斎滉洋 マジックジャパン

昭和50年代、道頓堀角座の演芸、松旭斎滉洋&マジックカーペット・フラワーショウ・暁伸&ミスハワイ・桂枝雀・桂春団治と新喜劇の繁盛期。
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国宝級の古典芸一代  三世 帰天斎正一


「浮かれの蝶」

 日本の古典手品のひとつに、白紙を切って蝶を作り、扇の風でそれを操る「胡蝶の舞」がある。「浮連(うかれ)の蝶」とも呼ばれている。先般、「NHKアーカイブス」で、この「浮かれの蝶」を扱った番組があった。(2004年10月17日23時10分放送) 「NHKアーカイブス」は今から数十年前にNHKテレビで放送されたものの中から、今見ることであらためて様々なことを感じさせてくれる番組を紹介している。この「浮かれの蝶」も最初に放送されたのは1968年5月4日ということなので36年前になる。

 番組の中では当時すでに87歳であった「浮かれの蝶」の名人、三代目帰天斎正一(きてんさい しょういち)師の芸や、この芸を誰に継がせるかという後継者問題が扱われていた。一子相伝が原則のため、弟子の中からこれはと見込んだ一人に四代目を名乗らせることになっているのだが、様々な問題があり、簡単には決められないようであった。 

 後継者問題もドキュメンタリー番組としては興味深いものがあったのだが、それはさておき、「浮かれの蝶」という芸と、三代目帰天斎正一師については多大な感銘を受けたので、そちらに焦点をあてて紹介したい。番組の中では「浮かれの蝶」の完全な手順が放送されたわけではなく、ごく一部だけであったのだが、それでも三代目帰天斎正一師のすごさや、ひいては芸を極めればどうなるのかということが伝わってきた。

 「浮かれの蝶」は一枚の白紙を切り、紙で作った蝶に扇の風をおくることで本当に生きているかのように蝶を舞わせる芸である。 しかし蝶を三代目帰天斎正一師のように舞わせることは一朝一夕にはできない。

 「浮かれの蝶」をご存じない方のために、もう少し詳しく現象を紹介しておこう。

三代目帰天斎正一

 この芸は、蝶をただひらひらと飛ばすだけではない。紙でできた蝶が、自分の意志があるかのように蜜を求めて花のそばに舞って行き、水を求めてはお椀のところ飛んで行く。また開いた扇子の縁にそって、端から端までゆっくり渡って行く。さらに途中からは二匹になった夫婦の蝶が飛び交い、最後は舞台一面に広がる無数の子蝶を生み出す。一枚の紙と扇子だけで、壮大なドラマが展開されている。

 このようなことを表現するのは、いくらタネがあるとはいえ容易でない。演者自身にも舞踊の素養がないことには、羽織袴をつけ、扇を優雅に扱うことすら難しい。しかし何年か訓練を続ければ、「蝶を舞わせる」ところまではできるようになるはずである。現在でも、このレベルであれば帰天斎一門以外でも演じているマジシャンは何名かいる。ところが三代目帰天斎正一師の演じる「浮かれの蝶」は、演者が飛ばしているのではなく、自らの意志をもった一匹の雄蝶が舞っている。私が師の演技で、最も感銘を受けたのはこの部分である。

 芸の力だけで、生命のない紙切れに命を吹き込み、ここまで演じられたら、これはもう手品というレベルを超えている。マジックに、安直に芸術などという言葉は使いたくなのだが、これは芸も芸術も超えた壮大な生命のドラマである。まさに魔法としか言いようがない。芸をきわめれば、演者は消えてしまうのかも知れない。舞台の上に漂っているのは、演者が作り出した新たな命だけである。

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